今昔物語集100「高陽川の狐、女と変じて馬の尻に乗りし話」
仁和寺の東に 高陽川Kaya-gawaという川があります。夕暮れになると 若娘が立って「その馬の尻に 乗せてよ わたしも京の方に 行きたいの」と 頼むので馬上の人が 娘を乗せてやると 五百メートルばかりで コンコンと 鳴きながら 逃げ去りました。こうした悪戯が 幾度も続いたので 御所の滝口の武士達の間で も評判になりました。一人の若い武士が「おれだったら 小娘を 搦め捕れる」と言うと 仲間の武士達が口々に「お前には 無理だ」と 言いました。翌日の夜に 若武者は 独り馬に乗り 高陽川に行き 悪戯娘を 馬の尻に乗せてやり 用意してきた縄で 娘の腰を縛り 馬の鞍に結びつけました。「ひどい」と 娘が言うと「今宵は おまえを 抱いて寝る 逃げられて 堪るか」と 答え暗くなった道を 戻って行くと、火を灯した車を 連ねた行列が 大声で 先払いをしながらやって来たので「誰か高貴な方の行列だろう」と 思って それを 避け遠回りして 土御門Tuti-mikadoまで行きました。待ち受けさせていた その侍の従者 十人ばかりに 手伝わせ娘の縄を解いて 馬から引き下ろし、腕を掴んで 門から入り 滝口の詰所まで 連れて行きました。詰所では 同僚たちが 待っていて、小娘が「もう許して 怖い人が大勢」と 泣いているのを 許さず 連れ込むと、同僚達が 取り囲み弓を 一斉に構えました。明かりの中で 掴んだ腕を放すと 娘は狐になって 鳴きながら逃げだしました。すると居並んでいる筈の者達は かき消え、火も消えて 真っ暗闇になりました。武士は 慌てて従者を 呼んだのだのですが 部下も 馬もいず、闇をすかして見ると 来た事もない死者を 風葬する鳥辺野(清水寺)でした。狐に 騙されたと解り 肝も心も震えあがらせて 夜半に家に 帰り着いたのですが、次の日は 死んだようになって寝込んでしまいました。三日目の夕方 やつれ果てて 若い武士が滝口の詰所に 姿を見せると「あの晩は 狐を捕らえたのか」と 同僚が言うので「病気になって行けなかった 今夜こそ行く」と 益もない意地を張り 屈強な部下を連れ 再び高陽川迄 行きまさした。川の畔に この前と違う娘が 立っていて「馬の後ろに乗せて」と 言うので 乗せてやり、縄で 娘をきつく縛り 一条大路を 部下に 厳重に見張らせながら 暗くなった道を帰ってゆきました。土御門で馬を 下り、泣く小娘の髪を掴んで 滝口の詰所の同僚の前まで 引きずりだしました。暫くの間 ひどく責めつけると ついに狐の正体を 現したので、たいまつの火で 毛もなくなる程に 焼き、矢で 何度も射た後「二度と人を 化かすな」と 言って放してやりました。その後 十日程たって若い武士が 馬に乗って高陽川に行ってみると 前の小娘が 重病人のような様子で 立っていました。「馬のうしろに 乗らないか」と 声をかけると、「乗りたいけど、乗らない。焼かれるのがつらいの。」と 答えて消え失せました。「今昔物語集100「高陽川の狐、女と変じて馬の尻に乗りし語」 | やけい (ameblo.jp)」 「巻二十七第四十一話 少女に化けた狐を後ろに乗せて走った話 | 今昔物語集 現代語訳 (hon-yak.net)」 平成23年(2011年)9月3日