建御雷命(建御雷之男神Take-Mikaduti-o-no-kami 建布都神Take-Hutu-no-kami 豊布都神Toyo-Hutu-no-kami) や 経津主命(斎主神Iwainusi-no-kami 伊波比主神Iwainusi-no-kami 布都怒志命Hutunusi-no-mikoto 布都努志命Hutunusi-no-mikoto 普都大神Hutu-no-ookami 香取神Katori-no-kami 香取大明神Katori-daimyouji)を 祀る神社を ここでは取り上げます。両神は 摩利支天神社に しばしば合祀されるので、摩利支天神社の項目を 参照ください。建御雷命は 切れ味の良い刀剣の神 刀剣のように輝く雷神 即ち武神で 水神 農業神でもあります。経津主命は 威力ある刀の神 切れ味の良い刀の神 神国家鎮護の神 即ち武神です。両神は 東方(葦原中国Asihara-no-nakatu-kuni)征伐に 尽力しました。両神を同一の神とする意見が あります。
上田東 柏尾 八坂神社の建布都社 Takehutu-sya of Yasaka-jinjya in Kasiwao
上田東尾下モ前1155番地の庭先を通り 山道を北に向かうと 北緯34度53分59秒・東経133度48分1秒に 八坂神社が建ちます。本殿には 素戔嗚尊が 祀られているのでしょう。御蔦社 由加社 大宮社 若宮 紳明社 愛宕神社 大山罪神社 建布都社等が 合祀されていると言われます。 柏尾:上田東1057・1282番地等 貝尾墓前:上田東1063番地 荒神免:上田東1110番地 フグリ床:上田東1112-1114番地 塚曽祢:上田東1166・1174 番地等 平成25年(2013年)5月20日
三谷 森神社の健布都社 Taksahutu-sya of Mori-jinjya in Mitani
三谷杭坂Kuizako605番地の東の山 北緯34度54分25秒・東経133度47分49秒に 森神社が 建ち、多くの社と 石造物が 祀られています。拝殿の後に三宮社と 四宮社の間 に 二宮社が挟まれる九宮社が 建ちます。左の三宮社の左端の社は 健布都社Takehutu-sysaで 武甕槌神 Take-Mikaduti-no-kami 經津主命Hutu-nusi-no-mikotoを 祀ります。中の2社は いずれも荒神社です。明治10年10月12日に 三谷の各地より集められ 森神社に合祀されました。 森坂:三谷375・544番地等 杭坂:三谷388-390番地 水走・水走リ:三谷396-398番地 前替地・前カへ地:三谷401・512番地等 正上木・セフフ木:三谷409・470番地等 廣堂:三谷436・452番地等 平成25年(2013年)6月7日
和田 素盞嗚神社の武布都神社 Takehutu-no-kami-sya of Susa-no-o-no-jinjya in Wada
吉備中央町和田青木山129 番地・林道宮の谷線の終 点 北緯34度53分31 秒・東経133度44分 50秒付近に素盞嗚神社 が 建ちます。その摂末社の中に 武布都神社があります。武甕槌命Take-Mikaduti-no-mikoto 経津主命Hutu-nusi-no-kamiを 祀ります。この2柱の神をこの神社では火雷神Hono-Ikaduti-no-kamiとしているようです。 青木山:和田127-129番地 宗林寺:和田144-159番地 火口越:和田170番地 宮ノ谷:和田171・183番地等 平成25年(2014年)3月25日
上竹 明釼神社 Meiken-jinjysa
高梁御津線(31号線)の北の上竹荘小学校の前の 31号線から分岐した道を 西に進み 最初の交叉点を右に登ると 大日如来の石仏が祀られ、その北に 名釼神社の由来を書かれた 立札が立っています。そこから 細くなった道を登ると 上竹マヘ1991番地の西 北緯34度50分55秒・東経133度40分3秒の近くに 明釼神社が建っています。経津主命Hutu-nusi-no-mikoto 建甕槌神Take-Mikaduti-no-kami 磐裂神Iwasaku-no-kami 根裂神Nesaku-no-kamiが 祀られています。堂の右手に 絵馬掛があり 左側には石 組み燈明用と思われる御幣を伴った祠が有 ります。 妙見ソ子:上竹1955番地 宮地:上竹2000・2071番地等 ヒロトウ・ヒロドウ・廣堂:上竹1958・1977番地等 マヘ廣堂・マエヒロドウ:上竹1961・1963番地 平成25年(2013年)8月1日
田土 瓜尾の経津主神社 Hutunusi-no-kami-sya in Urio
高梁御津線(31号線)を 川合神社から 西に向かうと 宇甘川が迫る所に 土生橋が架かっているので 渡り 大きくS字状に曲った後も ドンドン登る と 賀陽土生庭園が有ります。西に向かう分岐は 直ぐに 2つのT字路になるので 道なりに進み 田土屋シキi3700番地を 右手に見て 山道を登ると 北緯34度51分19秒・東経133度43分9秒に 地蔵菩薩が 祀られています。左手に 荒神宮の鳥居が立ち 鳥居の奥上に 一宮社が 2社建ちます。左の社は 瓜尾荒神社で 右の社の中には 更に一宮社が 2社あります。その左の社は 護王神社で 天太玉命Ame-no-Hutodama-no-mikoto 天児屋命Ame-no-Koyane-no-mikoto 天鈿女命Ame-no-Ùzume-no-mikotoが 祀られており 又 この社は 経津主神社Hutu-nusi-sin-syaであり 疫神八十禍津賣神社Yaso-Magatume-no-kami-syaでもあります。その右の社は 経津主神社です。 八十禍津賣神・やそまがつめのかみ:八十禍津日神Yaso-Magatuhi-no-kamiの事でしょう 伊邪那岐命が黄泉国Yomi-no-kuniから逃げ帰り 洗い落とした 穢れたの垢から 生まれた神で、多くの災いを もたらす神です ハブヤシキ:田土3521・3530番地等 紙屋・カミヤ:田土3524・3533番地等 平成29年(2017年)9月5日
納地 矢倉神社の石砂神社 Isisuna -jinjya of Yagura -jinjya
納地平分2053番地の東 納地矢倉2043番地 北緯34度50分21秒・東経133度41分34秒に 矢倉神社が建ちます。大正4年 (1915年)龍王山中高地の玉依姫命Tamayotri-bime-no-mikoto、矢倉の石砂神社より経津主命Hutu-nusi-no-mikoto、中屋敷島神社より少彦名命Sukuna-bikona-no-mikotoを合祀しました。本殿裏の右手に 建つ 大きな社囲いの建物の中に3社が 祀られています。左の社は 若宮正殿・五十猛命社で 五十猛命Iso-Takeru-no-mikotoを祀ります。中央の3宮社は 各々 若宮右殿室納村中祖霊社と 若宮正枝五十猛社と若宮左殿若吉備津彦命社で それぞれ祖霊と五十猛社と若吉備津彦命を 祀ります。右の社は 末社の火雷神社 島神社で 島神を祀ります。矢倉神社本殿より左に離れた位置に 室納下組荒神社が建ち「しの御崎之命」が 祀られています。 経津主命・経都怒志命Hutu-nusi-no-mikoto・布都努志命・伊波比主神Iwainusi-no-kami・斎主神Iwai-nusi-no-kami・普都大神・香取神・香取大神・香取大明神:フツと切れる鋭利な剣の神 軍神です。 伊弉冉の命が 火の神 軻遇突智を 産んで 火傷死したのに 怒って 伊弉諾尊が 軻遇突智を切り殺すと 軻遇突智の血で 五百箇磐石Iotu-iwamuraが 染まると 磐裂神Iwasaku-no-kami・根裂神Nesaku-no-kamiが生まれ その両神が 磐筒男神Iwa-tutu-o-no-kami 磐筒女神Iwatutu-me-no-kamiを産み 更にこれらの両神から経津主神がまれたとされます。 葦原中国Asihara-no-Nakat-ukuniの平定に参加しました。 〆ノ神:納地1366番地 荒神山:納地1261番地 中高地:納地2096・2148番地等 中屋敷:納地1358・1364番地等 中高地ノ上:2100納地 龍王山:納地2102納地 平成24年(2012年)8月22日